にぺす

    にぺす

    上司に怒られた

    「お前は素直になれないのか?」


    それに対して

    「素直になれるもんならなってます」

    と、応えた。


     どうも絶賛反抗期の にぺす です。4月になって一週たった今日、皆様いかがお過ごしでしょうか?私は不機嫌です。今回書いていくのは仕事においての”素直”というポイントは必ずしも”善”なのかというクソみたいな話です。

     結論から言えば 状況次第 つまり素直さが悪い方向に行くことが十分にあるケースがあるということ。というか弊社の職場環境なんですけどね。

     私もね、入社して2年くらいはひたすら素直だったんですよ。なんでも仕事を受けましたね、お金を貰うからにはプロフェッショナルなんだ!責任を全うするんだ!期待に応え超えるんだ!とね。そう過ごす2年の間に不合理で不条理なことも数えられないくらいに色々あった。でも自分の知らないところで何かしらの見通しやプランがあるのだろう、そのための下準備なのだろう、意図があるのだろうと上流を信じて仕事に打ち込んでいた。とりあえず2年程度はそのスタンスで頑張った、そしてそのスタンスをやめた。


     そして現在、朝礼で毎朝必ず全体に向けて業務報告を行う立場になったが面倒くさいの出るかどうかは完全に気分、休憩時間は他の人の倍とる。仕事中に抜け出し家で本読んだりゲームやったり、業務中にトイレでネットサーフィンしたりする。そんな人間になった。傍から見れば”腐った”状態になった。が、私は他の人の半分の時間で倍の仕事をする。部署内、他部署からも話しや依頼はガンガンくる(受けるかは気分)。部署平均の残業時間を70%程削る、部署目標も達成している。やることやってそれ以外は好きにしているというスタンス。誰にも迷惑はかけずに部署のパフォーマンスを上げている。


     ここで1つおかしいのは、入社して2年で立場が多少変わった程度の相対的にまだまだペーペーの若造1人の人事が変わっただけで部署のパフォーマンスが数字に出るレベルで変わったこと。今まで上役は何をしていたのか?


    そう! なにもしていなかったのだ!

    いや、意味のないことばかりしていたのだ。ポンコツだった、アホだった、間違いだった。

     私の職場のケースは特殊です。まず上司部下の関係性についてですが、これは各職場で語りきれないほどの面倒くさくて、デリケートで、ドロドロしてて無意味な色んな圧力や摩擦や忖度があると思います。これに部署間の関係性と個人個人の関係性とあらゆる能力の関係性やら色々乗っかってくるので私は一概に答えを出すことは出来ないがこの記事で言いたいのは


    新卒君。時代は令和になる。
    平成じゃない。もちろん昭和じゃない。


     まとめるとコレ。ビジネスというのは今の時代WinWinであるべき、互いに利があって仕事は成立する。

     例えばこのブログで言えばゲームソフトを買うにしても、小売価格以上の体験や満足感を期待できるから買うわけです。つまり購入者である私達は値段以上の楽しみを見込めるから買うのでWin。
     売る側は購入者を満足させて買ってもらえるから諸々の経費以上の収益を得て儲かるのでWin。これでWinWinでビジネスが継続するんですね。

     どちらかがLoseになる場合、例えばクソゲーを発売したとしてユーザーが裏切られる。値段以下の駄作掴まされたからLose。一応売れたから一時的に企業がWinになっても長い目で見れば企業側もLoseになる。全てがWinWinというのは現実的に大変厳しいが、大きな流れとしてLoseの状況を長くとると必ず歪む。
     私の場合は自分の職場環境そのものがLoseで仕事しても見返りがないのだから腐った、雇用する側もLoseだろう。本来の私のパフォーマンスの半分程度をサボられてるのだからLoseだ。パフォーマンスを下げるなんて間違いなく損失だもの。



     こんな簡単な話当たり前のことなんだけど、いざ自身がこの環境に身を投じると”素直の美学”に喰われてしまってLoseにいることを自覚できない。下積みや勉強期間として大きな流れでWinを見越せるならばLoseとはならないが、ブラック企業というのは未来永劫Loseで、歪んでも誤魔化そうとしてLoseが加速する。新卒は目の前のことが精一杯でこの大局と現実を客観的に見れない(余裕がない)場合がとても多い。

     その結果どうなるかというと、うちの会社の場合は鬱病、自殺、蒸発、体調不良で退職が主になる。気づく人は転職し、順応する人は社畜になる。どれになりたいかは個人の自由だ。私の場合はこの会社にいる限りどう転んでもLoseなんだから人に迷惑かけない範囲で好き放題やって次に備えています。自分を殺させないためにストレスを飽和させないためにサボって余裕を作ってるんです。


     素直なのはいいですね。素敵です。


     サボらないのはいいですね。懸命で真摯です。


     我慢するのはいいですね。忍耐強さは大切です。


     で、表向き素晴らしいのはいいんだが、それであなたが幸せになれるのか? これが重要。何の見通しもなくガムシャラに頑張ったって無意味な環境というのはある。部下がいるからわかるが上司がクソならそんな素晴らしい姿勢なんて、その上司のオナホールみたいなもの。ようは良いように使われて壊れたら捨てればいい、不都合は隠せばいい、自分の好みに変えればいい、厄介になったら隠滅すればいい。


     職場にもよるが大抵は上司というのは部下をどうとでも出来る圧倒的優位な立場であることが多い、残念ながら部下がこういった上司を変えるというのはほぼ無理。明らかなミスを証拠として残して上に提示する必要があるが、そのポンコツを上役に置いてる時点で職場環境自体がソコソコやばいのだから基本的にリスキーではある。


     となると自分を変える、基準を変える、環境を変える、考え方を変える、行動習慣を変えるというのが一番現実的。ようは自己啓発に近いことになってくる。他人を変えるよりも自分を変えたほうが確実で簡単で現実的、なんなら環境を変えるのもいい。


     素直に頑張ったって職場があなたに素直になるわけじゃない。あなたがサボらないで他人の仕事まで懸命にこなした分、他人がサボる。我慢して耐えたのなら余裕があるのだから更なる苦難を。


     尽くす美徳 自己犠牲こそ正義 鞭は愛


     もう令和になるんですわ、こんな考え方してる会社に思い当たったらさっさとやめちおう。色んな意味で自己責任。ブラック企業で己を殺すのも自分の選択、しっかり就活して公私共に充実を図れる企業に勤めるのも自分の選択、起業するのも自分の選択、企業奴隷になるのも自分の選択。上司は選べなくても選べることはいっぱいある。ただし年金と自動車税 てめぇはダメだ


     ただ素直であればいいわけじゃない。大きな流れを見て自分の人生のために頑張るべきだ。素直でいるかは強制ではなく選択。素直になる価値があるのなら人は勝手に素直になる。”素直になるために頑張ってる”時点で歪んでる。素直はいいことだろうけど義務じゃない。無理して素直を偽らなくちゃいけないのならいずれパンクする。


     昭和は終わった。平成は終わる。令和が始まる

    未だに古臭いクソみたいな美学を絶対正しいと思うべきじゃない。疑っていい。もちろん大切でタメになる教えもあるが、正しいかどうかは自分で判断するべき。現状に唾を吐いても足元が汚れるだけ、自分の行きたいところに行けるよう自分の選択に自信をもって従うべき、それができないと私のようなポンコツ大学卒ブラック企業社畜みたいになっちまうので是非とも未来を見据えてほしいなと。


     これから喰い殺される新卒君たちを見て書きなぐりました。


    便所の落書き

     


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